「わははははははははははは」
「いーつーまーでー大口開けて笑ってやがる!人ごとだと思いやがって!!」
「人ごとだ」
滅多に拝めない、それも、眩しいくらい爽やかな笑顔を惜しみなく披露するラルクと、憮然と言う文字の通りに苦虫を噛み潰した表情のカイル。
この異母兄弟は、どこまでも対照的なのだった。

再び住み慣れた館に戻ってきた吸血鬼と猫娘の恋人達。
落ち着いてくつろげるはずのこの空間は、今やカイルにとっては非常に居心地の悪いものとなっていた。
何故か?
いつもであるなら、椅子に腰掛ける彼の膝の上には亜麻色の毛並みをした猫がじゃれついているのだが、今回その猫は彼の肩の上で尻尾を逆立てて騒いでおり、「彼女」が居るべき場所には、カイルの髪と同じ毛色の猫が甘えるように喉を鳴らしているのである。
放浪に疲れ、行くところがないのだと泣きついてきたノワールを、カイルは無下に放り出す事も出来ず、全く乗り気でないケイをなだめて館に連れ帰ったものの、それからずっとこんな状態が続いている。

「両手に花とは、羨ましい限りだな」
その上、予告されていたとは言え、まるで図ったようなタイミングで現れた、騒動好きな兄の登場が状況を一層混乱させた。

ノワールは最初、後から現れたラルクを一目見てクラリと来たようだが、冷たい視線に一瞥されて早々に尻尾を巻いた。
ついでにそこはケイに言わせると、「アイツは人の物ほど欲しがる性格なんだよ!」との事で、あくまでカイルに狙いを定めたらしい。
ので、ラルクとノワールはこんな会話を交わして、余計弟たちの心労を増やしてくれたりする。

「ねぇねぇ、ラルクさん。あたしとケイと、どっちが弟さんに相応しいとお思いになります?」
「そうだな…黒髪のあいつには、さぞお前さんの毛並みが映えるとは思うがね」
「やっぱりぃ?じゃあ、応援して下さいねぇ♪」

(…兄貴……完全に楽しんでやがるな)
かくいうカイルは、すり寄ってくる黒猫にどう対処して良いか戸惑い、ケイにさっきからばりばりと爪を立てられてシャツの肩口に血が滲んでいたりする。
優しさと優柔不断は紙一重と言う言葉は、今の彼にもっとも相応しいのかもしれない。

ケイとノワール。
二人、いや、二匹とも、元は同じ縄張りで過ごしていた野良猫同士だった。
「私とケイは、血は繋がってないけど、本当の姉妹みたいな関係だったのよ」
喉をゴロゴロさせて甘えるノワールに、ケイは背中の毛をふーっと逆立てた。
「よっく言うよ!あたしの上がりをよくくすねてたくせに!!」
それが、ケイはある日人間の所へ引き取られ、ノワールもまたとある理由からその縄張りを離れて旅をすることになったのだと。
「何で、旅に出ることに…?」
カイルがちょっと口を開いただけで、
「まぁっ♪カイルさんったら私に興味を持ってくれたのね!ご主人様ってお呼びして良い?」
「カイルはあたしだけのご主人様だってば!この尻軽猫!!」
二匹の機嫌は、ますますエスカレートするばかりだ。
それに比例して、カイルの生傷も増えていく。
ちなみに、この間の猫の言葉は全て、ニャーニャーというお馴染みの鳴き声で交わされているが、動物と言葉が交わせるのは吸血鬼の能力の一つだ。不自由はない。
…いっそ聞こえなければ、カイルの心労は少しは減ったかもしれないのに。

さて、一番お気楽ご気楽な傍観者と言う立場のラルクにしても、この騒動を最初見たときは流石に驚いた。
たまたま街で弟を見かけたついでに、しばしの休息をと思って寄ってみたらば、まさかこんな面白い展開になっていようとは。
いやいや、退屈しなくて結構なことだ。
カイルとケイも、ずっと二人きりで館に閉じこもってばかりでは何の変化もなくていけない。
たまにはこの様な珍事があった方が、絆も深まるというものであろう。
と言うわけで、この異母兄は当分ここに腰を下ろすことに決めたらしい。
何せ彼には時間など飽きるほど許されているのだから。
目の前で展開されている喜劇を後目に、美貌の彼は優雅にワインのグラスを傾けた。

そんなこんなで、確かにラルクの言う「退屈しない」日々が続いた。
それは、カイルとケイにとっては、受難の日々とも言うが…。

夜はそんな調子が毎晩繰り返され、朝は朝で、どちらがカイルと添い寝するかで大喧嘩をし、その間にカイルは棺の蓋を閉じる…と言うのが一日の流れだ。
いつものほほんと構えているカイルも、いい加減疲労の色が隠せない。

「なぁ、兄貴…。こーゆー場合って、どうすりゃいいと思う?」

流石に元気な猫たちも疲れているのだろう、二匹が珍しく同時に眠っている間に、カイルは兄と二人で話す機会を持てた。
磨き抜かれた黒檀のテーブルに紅茶のカップを置いて召使いが下がると、広い居間には久しぶりに兄弟水入らずとなる。
「どうするも何も…」
ラルクは暖炉の側の椅子に座り、炎の明かりを白い横顔に受けながら長い足を組み替えた。
その動作一つ一つが、全て絵になるから不思議だ。
「本命を決めたら、後は構わなければいいだけの話ではないか。簡単なことだ」
「・・・・・・・・・」
確かに簡単な事だろう。
ラルクにとっては…。
何せその美貌だ、言い寄られたことは星の数で足りるはずがない。
一点の曇りもない氷の刃を思わせる冷淡な性格ですら、貴族然とした優雅な物腰と相まって、世の女性方を魅了せずにはおかぬというもの。
が、どんなに切々と想われようと、激しく求められようと、彼は冷たく切り捨て続けている。
昔、とある貴族の夜会で、一目でラルクに恋したという女貴族の告白も言下に退け、後にその女は彼恋しさのあまり自害して果てたと言うが、その話を聞いても、彼の冷たい美貌は少しも揺るぎを見せなかったっけ…。

「第一、私はお前と違って二股などかけたことがないから、何とも言えんよ」
「ぶはっ!」
真顔としか見えない表情で言われた兄の言葉に、カイルは口に含み掛けた紅茶で思い切りむせた。
「ふ、二股って…!お、俺はんな……」
「ケイも哀れだな、こんな優柔不断な男の元に飼われなければならんとは。いっそ別の主人を捜すのが幸せかもしれん」
「ちょっ、ちょっと待て!!」
「それが嫌なら、ノワールを追い出すんだな」
「だ、だけど、どこも行くところが無いって相手をいきなり放り出すのは…」
「ではやはり二兎追うと言う腹か。お前の母君が知ったら、さぞ嘆くであろうな。最愛の一人息子が、まさかこんな性格になっていようとは…」
「違うって!!」
感情がストレートに表情に出まくってしまう弟と、相変わらず鉄面皮の如き表情を崩さぬ兄。
が、注意深く見れば、ラルクの唇の端にごく僅かであるが、微笑が浮かんでいる事に気づくだろう。
明らかに彼は、まだまだ幼い弟をからかって楽しんでいるのだが、肝心の異母弟は全くそれに気づいていない。
気づく余裕すらない。
そういうところが、ますますからかいのネタになるのだ。
今の彼はまさにラルクにとっての退屈しない玩具である。

そんな漫才の最中に居間のドアが遠慮がちにノックされ、召使いが来客を告げた。
「客…?」
思わず、兄弟は顔を見合わせる。
こんな人里離れた廃墟に迷い込む者と言えば、道に迷った旅人くらいだ。
それにしたって、外見からいえば幽霊屋敷に匹敵するおどろおどろしいこの館に、まともな人間なら近寄らないであろうに。
「それが…」
召使いによると、そのお客人は最初は真正面から乗り込もうとして、館を護る結界に阻まれたらしいとの事。
そして、今も中に入ろうと奮闘しているらしい、と。
どうも穏やかではない。
追い返そうか、とも思ったが、カイルは一応確かめてみることにした。
結界を破れない程度の者なら、もし自分に害意を持っているとしても、どうにかなるだろう。
そこらの魔物に彼を傷つけることなど出来はしない。
それに、兄もいる。
吸血鬼2人を敵に回して、無事ですむ者などいるわけがないのだから。

この居間に通すよう命を受けた召使いが下がるのと入れ違いに、
「カイルさんにラルクさんったら、二人っきりで何やってるのよぉ~」
元気な声と共に、ノワールが飛び込んできた。
そのままカイルに抱きつこうとするのを、後ろから伸びた手が、彼女の尻尾をむんずと掴んで阻んだ。
「きゃあっ?!」
「ノワール!!よくもあたしを蹴っ飛ばして抜け駆けしたね!!」
頬どころか顔中を真っ赤にしたケイが、掴んだままの尻尾にガブリと歯を立てた!
「ふぎゃあ!馬鹿、何するのさ!!」
ちなみに、今の彼女たちは人型形態である。
人間で言えばお年頃の娘二人が床で取っ組み合う様は、滅多に見られるものではないが、少々…いや、かなーりはしたない。
そして吸血鬼の男二人は、もはや止める気力もなく、黙って冷えた紅茶を啜っているばかりであった。

「ご主人様、お客様をお通ししまし…」
召使いの言葉が終わらぬ内に、大柄な影が居間のドアを破らんばかりの勢いで飛び込んできた。
「ノワール!やっと見つけた!!」
入ってきた客は、主のカイルではなく、その後ろにいたノワールに向かって迷わず突進した。
その姿を見て、ノワールの尻尾と言わず全身が驚愕のあまり一気に逆立つ。
「ふ、フリート!何でここが…?!」
慌ててケイから離れ逃げようとしたものの、一瞬で毛深く太い腕に抱きすくめられ、唖然とするカイル達の目の前で男に頬ずりされたノワールは、心底嫌そうな声を出した。
「何だ?お前は」
状況が掴めないカイルに代わり、椅子に悠然と腰掛けたままのラルクが新たな闖入者に問うた。
平然としたその声で、男はようやくノワールにすり寄るのを一旦止めた。
「てめえか?!俺のノワールをたぶらかした奴は!」
フリートと呼ばれた男は歯を剥き出してラルクに向き直り―――その美貌を真正面から見て、雷に打たれたかのように立ちすくんだ。
ラルクの瞳は黄金のままだ。鬼気は出していない。
それでも…無頼な闖入者を凍り付かせるには、十分だった。
魅入られそうになる意識を、彼は大きく頭を振って追い払った。
「か、顔だけで世の中渡って行けると思うなよ!!」
「…だそうだぞ」
ラルクが傍らに立つ弟をかえりみた。
「俺に振るな、俺に!」
その会話で、フリートはようやく、黒髪の青年の存在にも気が付いた。
こちらも、ごつい山男然としたフリートとは別世界の男。
金髪の男よりは優しげな感じだが、それでもどう見てもただ者ではない。
何なんだ、こいつらは…?
彼のそんな困惑も束の間、腕の中にいるノワールの感触を思い出し、目の前の男達への敵愾心が再び甦った。
「こんなボロい屋敷に、俺の女を連れ込みやがって…」
太い眉の下、男の茶色い瞳が、殺気と共に徐々に血色へと変わっていく。
それは、魔力を帯びた、魔物の証。
フリートと呼ばれたこの無頼な男も、また人ではなく―――

「ほう、こいつは…」
ラルクが愉快げな声を上げた。
呆然としたままのカイル、ケイ、そしてその腕から逃れようともがき続けるノワールの目の前で、男の姿は緩やかに変化していった。
毛深かった腕は本物の毛皮に包まれ、浅黒く彫りの深い顔も、口は耳までばくりとさけ、鼻はぐうんと伸びて…
「狼男…!」
ケイの叫びに、今や二本足で立つ狼と言う姿に変貌した男は、威嚇混じりの大きな咆哮を上げた。
それは、人間が見れば失神するほどの異形の姿。

…が、他の者は皆、その変身にただ驚いただけだった。
それに気づき、フリートは怪訝気に首を傾げた。
今まで、この姿を見て恐怖におののかなかった者などいなかったのだが…。
無知とは哀れなもの。
今更彼らに驚けと言うのも無理な話だ。
今ここにいるのは、人に在らざる者ばかりなのだと言うのに。

何となく白けた気分を鼓舞するため、彼は大きく吠えた。
「てめえみたいな優男が、人の女に手を出したってか!」
血走った双眸がカイルに向けられる。
獣の唸り声と混じり合い、フリートの言葉は聞きづらくはあるが、言っていることは分かる。
「二股の上に、男がいる女に手を出したか…。つくづく救いようが無いな」
ラルクのこの言葉だけ聞けば、カイルはいつの間にやら立派な女たらしだ。
「・・・・・・・・・」
そして当のカイルは、言いたいことは山ほどあるものの、目の前の状況に頭の中がスパーク寸前、声も出ない。
「何が俺の女よ!!」
フリートの腕に、ノワールが鋭い爪を思いっきり立てた。
毛皮に覆われているとはいえ一瞬腕を緩めた隙を突き、黒髪の少女はするりと身をかわした。
そして―――
「お生憎様!あたしはもう、素敵な男を見つけたの!!」
そう言って、カイルの背にひしとしがみついた。
「へ?」
「の…ノワール…」
カイルの間抜けな声と、フリートの情けない声を無視し、ノワールはカイルの首に甘えるように腕を絡めた。
「知らないようだから教えてあげるけど、この人はヴァンパイアなのよ!たかがワーウルフのあんたと、比べ者にならないくらい強いんだから!!」
「何っ?!」
流石にフリートの顔に別の動揺が走った。
吸血鬼と狼男は元々似ている部分があり、伝承では同一視されることもしばしばあるが、実際の格としては比べものにならない。
月の魔力に頼らなければ変身できない野蛮なワーウルフと、強大な魔力を持ち、全ての者から畏敬される誇り高き闇の貴族、ヴァンパイア…。
「っの野郎…、吸血鬼のくせに人間に飽きたらず、猫にまで手を出すたぁ何て奴だ!!」
「出してねえっつーの!!」
ここにきて、ようやくカイルも気力を取り戻して反論に転じた。
が、ノワールがすがりついたままでは、何を言っても説得力がないのだが…。
「獣だと思ってなめた真似しやがって。表に出ろや!どっちがノワールに相応しいか、決めようじゃねえか!!」
「ちったあ人の話を聞きやがれ!この単細胞!!」
あまりの展開に、カイルもいい加減キレそうになったとき、

「今宵は半月。人狼にとっては日が悪かろう?」

静かな声が割って入った。
相変わらず椅子に腰を下ろし続けるその影は、美しい声で紡ぐ言葉だけで両者を制した。
そんな事が出来るのは、ただのひとりだけ。
「刻は次の満月。場所は…そうだな、裏の墓地でどうかな」
そう提案したのは、勿論ラルクの声。
「よっしゃあ!受けて立ってやる!絶対来いよ!!」
好戦的な光を隠そうともせず、フリートの節くれ立った指先がびしぃっと指した先にいるのは、

「へ…?俺?」

もちろんカイルだ。
「きゃあっ、カイルさん、あたしのために戦うなんて…でも、嬉しいっ♪」 cat2
ノワールは黄色い声を上げ、立ちつくしているその頬に柔らかな唇を押しつけた。
「!!!」
その感触をカイルが意識する前に、ケイとフリートの辺りから、ぶっちんと言う音が聞こえた気がするのは気のせいだったろうか。
「カイルの…ばかぁ!!」
そう叫んで、ケイは居間から飛び出してしまった。
「おいっ!ケイ!!」
慌ててカイルは追おうとしたが、首に回されたノワールの手がそれを阻んだ。
そして、
「じゃあ、後は頑張れ」
ぽんと弟の肩を叩き、ラルクもくるりと背を向けてしまった。
「ちょっ、兄貴?!」
呼び止めようとした彼の目の前で、居間の扉は無情にも閉じられた。
そのカイルの背を、追い打ちをかけるようにフリートの敵意に満ちた声が打った。
「いいか、逃げるなよ!吸血鬼だろうが容赦しねえ、絶対ノワールは渡さねぇからな!!」
そう吠えて、フリートも窓から飛び出そうとした。
が、この館の中もまた結界の中なのだと言うことを、単細胞の彼はすっかり失念していた。
べんっと鈍い音がして、顔面から突っ込んだ彼は鼻面を押さえてその場にうずくまってしまった。
「…玄関から帰ってくれ。頼むから」
ようやくまともに言えた、それがカイルの一言だった。

「要するに、 お前さんが縄張りを放り出して旅に出たと言うのは…」
ラルクの言葉の途中から、ノワールはこくこくと頷いた。
「分かるでしょ?あーんなガサツでソザツでしつっっっこい男なんてジョーダンじゃないわっ!」
ノワールは不機嫌に、耳にかかる長い黒髪をガリガリと掻き上げた。
相当ご機嫌斜めのご様子。
「だいたい、犬が猫に惚れること自体がおかしいって思いません?!」
「そうだな」
猫が吸血鬼に惚れることも滅多にない事だと思われる。
かつて弟とケイが一緒に住むようになった時、ラルクがそう思った様に。
とにかく、フリートがうざったくなった彼女は、姿を消した。
が、狼の嗅覚は凄まじい。
どこまで逃げても、 フリートは追いかけてきて泣きつき、まとわりつかれ、うんざりして逃げては追いかけられて…のエンドレスループ。
飽きっぽい猫でなくとも、これにはお手上げだ。
「でもでも、もうカイルさんがいるし♪」
最後のセリフだけ嬉しそうに話した後、ノワールは辺りをキョロキョロと見回した。
「んもぉ、カイルさんったらどこ行ったのかしら?お茶が冷めちゃうじゃない」
猫は猫舌ではないのだろうか。
本当に、最近の展開はツッコミどころに困らない。

「用がないなら、来ないで」
とりつくしまもないケイの声と共に、ばたんと部屋の扉は固く閉ざされた。
「・・・・・・・・・」
廊下に取り残されたカイルは、まさに頭を抱えたい気分になってきた。
街へ出かけた日から未だ一週間も経っていないと言うのに、今のこの状況は一体どうした事か。
永遠を生きる彼にとっては瞬きする一瞬の間に過ぎない程度であろうに、今回の一件はひどく長いものに感じられた。
「はあ…」
大きくため息をついて、彼は自分の黒髪をくしゃくしゃと掻き上げた。
「参ったなぁ……」
きっと、俺の今年の運勢は厄年に違いない。
今まで占いなぞ信じちゃいなかったが、こんな時は何かに肩代わりを求めたくなるのは無理の無い話だ。
いっその事、兄のように放浪の旅に出ようかと言う気にすらなってしまう。
そうこうしている内に、ノワールが目ざとく彼を見つけ、
「カイルさーん、お茶しましょ♪お兄さまも下にいらっしゃるわ♪」
室内に閉じこもったままのケイに聞こえるようにだろう、必要以上に大きな声で呼んでくれたりする。
カイル達が部屋の前から立ち去った後、ケイの部屋からは、癇癪を起こして部屋中を思い切り引っかき回す音が響いてくる。
自分の耳の良さを呪いながら、カイルはまたしても溜息をついた。

こんな狂騒曲が演じられている中で、沈静化を狙って―――いや、騒ぎを大きくするのに貢献した異母兄だけは、普段と何も変わることない。
彼から見れば、世の中全てが彼にとっての見せ物なのかもしれない。

そして、当事者の何人かが人間で言えば「胃が痛くなる」思いを抱えたまま、『ノワールを賭けた、カイルとフリートの決闘』の日は、あっという間にやってきた。

コメントを残す