今の騒動で、3人の指が、いつの間にか十円玉から離れてしまっていた。
「いっけない!途中ではなしちゃダメなのに!!」
慌てて、十円玉の上に三本の人差し指がのっかった。
鈴木は、怪訝な顔をしながらも教室を出ていき、もう薄暗くなった教室の中に残っているのは、私たちだけだ。
最終下校時刻まで、あと僅か。
「そんじゃ、そろそろ帰っていただきましょうか」
美紀の一言で、こっくりさん終了の儀式が始まった。
「こっくりさんこっくりさん、お帰り下さい」
十円玉が、ずずっと動き出した。
『いいえ』の文字の上で、止まった。
「え…?」
典子が、戸惑いの表情を浮かべた。
『はい』の方に動いてもらわねば、こっくりさんは帰ってくれず、この遊びも終われない。
「ちょっとぉ、変な所に動かさないでよ」
美紀が笑った。
私か典子のどちらかがわざと動かしたと思ったらしい。
「私は動かしてないよ」
となれば、残るは典子?
「私も動かしてないってば」
典子がぷぅっとむくれた。

と、また、十円玉がするすると動き出した。

わ・た・し・は・し・ら・か・わ・あ・ゆ・み

紡ぎだされた文字を見て、私たちは顔色を変えた。
『私は、白河あゆみ』

白河あゆみ……
つい、一ヶ月前に、校舎の屋上から飛び降り自殺した、女生徒の名前。

「ちょ…悪戯はやめてよ!」
美紀が、キンキン声を上げた。
逆に、典子は興味津々な目つきに変わっていた。
「あなたは、一ヶ月前に自殺した、白河さん?」

はい

「どうして、自殺したの?」

しりたい?

「はい」
流石に、平静では居られない私たちに気付かず、典子は質問を相手に投げつけていた。
「ねぇ…いい加減、止めようよぉ」
実際に死んでいる人間の名が出た途端、私も怖くなった。
もう、単なる占い遊びじゃない。
これは……危険。
十円玉から指を離さなきゃ。
強く思ってるのに、まるで接着剤を付けられたように、指は十円玉の上から離れない。

さっきの女の子の言葉が甦った。

「そういう遊び、止めた方が良いわよ」

もう、止めたい!!
帰ってもらわなきゃ!

典子の質問に、十円玉が動き出す。

なら こちらへおいで

とっさに、答えの意味が分からなかった。
次の瞬間、典子がいきなり、がたんと椅子から立ち上がった。
さっき、十円玉から指をはずした時、一番に慌てたのに、今、その指先はためらい無く離れた。
まるで、誰かに操られたように。
「典子?」
私の呼びかけを無視して、典子はつかつかと窓に近寄った。
週番が戸締まりした鍵をはずし、ガラス窓を開けた。
外からの風が、薄汚れているカーテンをふわりと舞い上げる。
窓の外は、もう真っ暗になっていた。
私と美紀は、その場から動けなかった。
バカみたいに、律儀に十円玉の上に指を載せたまま。

何が起きているのか、分からなかった。
すべてが、ビデオを見ている感じだった。
現実じゃない、虚構の映像を。
典子が、窓から身を乗り出した。
あっという間に、その姿が、窓から消えた。
典子がかけていた、黒縁の眼鏡だけが、教室の中に残り、かしゃんと落ちて、レンズが割れた。
その乾いた音を聞いた途端、私の呪縛が解けた。
典子の名を叫びながら、窓際に駆け寄った。
ここは4階。
典子が、飛び降りた・・・!

窓の下に、典子は居た。
中庭の、コンクリートの地面に大の字になって。
壊れた人形のように、手足が奇妙にひしゃげている。
そして、血。

「な……あ、あぁぁ…」
パニックを起こしかけたとき、隣の窓ががらりと開いた。
美紀が、窓枠に足をかけていた。
「美紀ぃ!!」
泣きながら、横から抱きとめた。

何が、どうして……?

美紀が、私を突き飛ばした。
机の角に後頭部が直撃し、意識がふっと遠退きかけた。
ぼやけた視界の中、美紀が再び窓の外へ身を乗り出している。
その時、見えた。
美紀の目の前、窓の外に、見覚えのある顔が浮かんでいるのを。ayumi

白河あゆみ
同じ三年の同級生。クラスは違うが、私も顔くらいは知っていた。
余り目立たない生徒で、成績もそこそ。問題のある生徒では無かったはずだ。
居ても居なくても構わない、そんな存在だった。いじめの対象にもならない程度の。
それが、一ヶ月前突然、校舎の四階から飛び降り自殺をした。
首の骨を折って、即死。
遺書は無かったので動機は不明のまま。

その、白河さんが、どうして・・・?
飛び降りたのはこの教室じゃないし、ましてや私たちは、あなたと話したこともないのに…!

「そーゆーのやると、浮遊霊とか、その辺の雑多な霊が集まってきちゃうから」

こっくりさんのせい?
私たちが、知らず知らずの内に白河さんを呼び出したの?
それで怒って、私たちを連れていこうとしている……?!

「お願い…やめて……」
泣きながら、叫んだ。
叫んだつもりだったが、全身が震えて、上手く声が出ない。
打ち付けた後頭部の痛みを無視して、何とか再び美紀にすがりつこうとした。

あなたもいっしょに
楽しそうな、白河あゆみの声が聞こえた。
そして、ぐいっと腕を引っ張られる感触。
目の前に、死者の顔があった。
血の気が感じられない、蒼白な顔色。
にぃっと心底楽しげに笑う唇も、真っ白だった。
白河あゆみは、右手で美紀を、左手で私の腕をぐいぐいと窓の外に引っぱり出そうとする。
私は、足を踏ん張って、泣き叫んでいた。
隣の美紀は、何の反応もしない。目が、虚ろだった。
抵抗しない美紀は、易々と窓の外に放り出された。
引き戻す力はない。
あっという間に落ちていく。
ぐしゃっという、鈍い音が聞こえた瞬間、私は目をつぶってしまった。
その一瞬の隙をつかれた。

ぐいっ!!

体の半分が、窓の外に引っぱり出された。