せめてあなただけでも、覚えておいて。
知っていて。
私たちはかつて、ここにいたの。

そして、今もいるんだって…

 
 
 
「里美ぃ。おべんと食べないの?」
「ごめん、ちょっとパス」

いつも一緒にランチタイムを過ごす香奈や麻紀子のお誘いを振り切って、里美は昼休み開始のチャイムと同時に教室を飛び出した。
「ダイエットかなぁ。無駄な抵抗を」とかいう声なんて構ってられない。
一分後には、息を切らせた里美が北棟の、例の部屋のドアの前に立っていた。

昨夜、私は確かに、ここに来た。
英語のプリントは間違いなく家にある。あれから結局プリントなんかに構っていられるわけもなく、今日の授業では先生からばっちり指名されても一言も答えられなかった。
昨夜の出来事は、今思えば、夢だった気がしないでもない。
消えた女生徒。本物の幽霊。
そんなものがホントにいたの?
でも…。

ドアの上を見上げると、「倉庫」の張り紙がしてある。
だけどよく見れば、その張り紙の端が僅かにめくれて下に表札らしきものが覗いている。
女子にしては結構高い百六十五センチの身長を持つ里美なら、思い切り背伸びすればそこまで手が届きそうだった。
届いた。
張り紙の端をゆっくりと慎重にめくってみる。
「心」という文字が見えた。
里美の心臓が跳ね、思い切り張り紙を剥がしてみた。

『心霊研究部』

黄ばんだ表札に、しっかりと彫り込んである。

「夢じゃなかった…」

心霊研究部なんて存在は、昨日まで知らなかった。
だけどその証がここにある。
昨日出会った二人の言葉は、真実なんだ。

昨夜、開ける直前までいったスティールのドアを引いてみた。
鍵はかかっていない。 ぎぃぃと嫌な音を立てて、重い扉は開いた。
狭い。教室の半分にも満たない広さの部屋は、段ボールや丸めたポスターなどが山積みされ、表の張り紙の通り倉庫として使われていた。窓の前にも荷物が積まれ、室内は暗く埃っぽい。

「電気のスイッチは……きゃっ!」

暗さに眼をこらしつつ室内に踏み行った里美は早速何かに躓いて、近くの段ボールにぶつかった。

ぱさっ

「ん?」

その拍子に、上から一枚の紙が落ちてきて、里美の頭にのっかった。
手に取ってみると、どうやら写真らしい。

「写真…?」

何気なく眺めた里美の眼が、大きく見開かれた。sepiasyasin

美加と絵梨の写真。
どれほど前の写真なのか。
カラーではあるけれど、保存状態が悪かったせいか、もう色褪せている。
でも、写っている姿は昨夜会った通りの二人だ。
季節は春なのだろう、長袖のセーラー服を着て、嬉しそうな笑顔を浮かべ、仲良く寄り添う二人の少女。
学校の中庭か校庭で撮ったのか、後ろには桜の花びらが舞っている。
写真の下の白枠には、どちらが書いたのか、赤ペンで「祝・進級」という文字が書き込まれていた。
恐らく、三年に進級した時に撮影したのだろう。
屈託のない笑顔が眩しく哀しかった。

これから、どういう運命が待ち受けてるとも知らずに──

写真を胸に抱いて、図書室に向かった。
今の時間はまだみんなお昼を食べてる時間だから図書室には暇そうに欠伸をしている図書委員しかいない。
里美は迷わず、卒業アルバムが並んでいるコーナーに足を向けた。
第一回卒業生のアルバムから、順々に眼を通していく。
集合写真と個人写真。そして部活動のコーナー。
心霊研究部は、五回生の卒業アルバムから初めて登場している。
でも美加と絵梨の姿はない。
部員も、この当時は男女合わせて五人も居たらしい。

一学年七クラスまでしかないとはいえ、これは結構重労働だった。
次第に目が疲れてショボショボしてくる。
警察の容疑者探しの苦労が、ちょっとだけ分かる気がした。
そんなしょうもない事を思った時、ぴたっと里美の手が止まった。

三年A組のページに、見覚えのある少女が微笑んでいた。
斉藤美加。
次のページ、B組に北水絵梨の写真がある。
あんなに仲は良くてもクラスは別だったんだ。
きちんと集合写真にも二人は姿を見せている。生きて、生活している姿が。

部活動紹介のページに心霊研究部があった。
写っているのは勿論二人。
手に何やら写真を持っているが、もしかしたら心霊写真なのかもしれない。
昨夜、あの二人は「卒業していない」と言っていた。
でも、こうして卒業アルバムには載っている…。
はたと、ページを繰っていた里美の手がまたも止まった。
最後のページに、後から訂正と言うことで貼り付けたのだろう、注意書きのシールが貼ってある。

『A組斉藤美加、B組北水絵梨の2名は』

何となく、その先を読むのが怖かった。
一旦目を閉じて、読んだ。

『三学期から休学扱いとなったため、卒業せず』

二人が消えたのは、夏休み直前だと聞いた。
その時点では既に卒業アルバムの編集は始まっていたのだろう。
だから、美加も絵梨もアルバムに載ってはいる。
だけど、卒業は──

耳元で、聞こえた気がした。

「卒業出来ないもんね」
と、絵梨の声。
思わず顔を上げ、周囲を見回した。
書棚に囲まれた里美の周りには、誰も居ない。
姿は見えないけど、今、ここにいる…?

「あなただけでも、覚えていてくれない?かつて私たちが生きていた場所を」

昨夜囁かれた美加の声がこだました。

「私たちはここにいたの。そして、今もここに居るんだって…」

里美の目から、涙が一滴こぼれ落ちた。