お姉ちゃんが消えた。

夏休みを目前に控えた、ある暑い夏の日、姉はいつも通り学校に行き…翌朝になっても帰ってこなかった。
別に、素行が不良だった訳じゃない。
夜遊びをするでもなく、たまにファーストフードの店に寄り道をして買い食いするくらいの、 ごくごく真面目な女子高生だったらしい。
姉の仲の良かった、もう一人の同級生も同じ日に消えてしまったので、警察まで介入して、家出や、事件に巻き込まれた可能性とやらを検討していたそうだ。

私はその時小学校4年生で、姉はもう高校3年だったから、随分年は離れていたが、可愛がってもらった記憶はかすかにある。
私も、年の離れた姉によくまとわりついていた。
だけど、顔はもう、思い出せない。
写真も、母親が大事にしまい込んでしまって見られない。simai
私が小さな頃、一緒に写した写真が一枚だけ手元にあるが、肝心の姉の顔だけが、黒インクで汚れて隠されていた。
幼かった私が悪戯したらしい。
セーラー服を着ていることと、長い髪であることが、かろうじて分かる。

当時のこともほとんど知らない。後から、両親がこぼしていた言葉から察するだけだ。
姉が消えて、両親はめっきり老け込んだ。
未だに、姉の部屋は、消えた当時のまま。
本棚には、怪奇現象を扱った雑誌や本が詰め込まれていて、姉の悪趣味な一面を知ることが出来た。
宗教には興味は無かったらしいのは幸いだが。
母親が、いつ戻ってきてもいいようにと掃除をしてるから、部屋の中は埃もなく、本当に誰かがそこで生活しているようだった。
この部屋の主人は、もう帰ってこないかも知れないのに…。

私が、姉が消えたと同じ年齢の高校3年生になった今、お陰で、両親は姉への思いが再燃したらしい。
最近は「絵梨、どうしてるかねぇ」という言葉を毎日のように聞かされる。
姉に比べられるのが嫌で、高校に入ってからは、長かった髪をショートにして、そのまま通している。
幼い頃に消えた姉に、私自身は今はそんなに想い入れはない。
ただ、時々、夢に見る。
セーラー服を着た、長い髪の少女が、暗い闇の中から私の名前を呼んでいる。
顔は影になってしまって見えないが、どことなく哀しげな様に思えた。


 

「え~!山中君、好きな子がいるのぉ?!」
美紀が哀しげな声を上げた。
放課後の教室。
私たち三人は、はじっこの席に陣取り、紙で鳥居と50音順のひらがな、数字、アルファベットを書き込んだ紙の上を走る十円玉の上に人差し指を預けていた。
お馴染み、『こっくりさん』という遊びだ。
単なる、占いゲーム。
恋の行方や、その日の運勢を『こっくりさん』に尋ねては、その答えにいちいち歓声を上げている。
私も、占いは好きな方なので、他の二人、美紀や典子に合わせてわいわい言っていた。
「由美ってば、さっきから全然質問してないじゃん。最後くらい、何か聞いてみたら?」
典子がこちらに話を振ってきた。
「んー。でも、明日の運勢は聞いちゃったしなぁ」
ちなみに、明日は可もなく不可もない、平凡な一日になる、と言われた。
ふと、今朝も聞かされた母親の言葉を思い出した。

「絵梨、どうしてるかしら…」

「私の姉は何処にいますか?」
十円玉がするすると、文字盤の上を走り始めた。

こ・こ

「ここ?」
典子が、首をかしげた。
「由美のお姉さんって、そいやここの生徒だったんだっけ。」
二人とも、私の姉が神隠しにあったことは知っている。
その事件が、この学校の七不思議の一つになってるらしい。

『神隠しにあった女子高生の霊が出る』と。
たとえ幽霊でも、両親は姿を見たら、感激の涙を流すだろう。

「ここって、学校のこと?在学してた事を言ってんのかしらね?」
美紀も、顔にクエスチョンマークを浮かべている。
まぁ、明確な答えなど、はなから期待などしていない。
ただの遊びだもの。

「そういう遊び、止めた方が良いわよ」
唐突に、声がごく近くで聞こえた。kokkurisan
思わずはっと顔を上げた私たちの机の隣に、いつの間にか、知らない女生徒が立っていた。

長い茶色の髪に、白いヘアバンド。
見たことがない顔だ。 隣のクラスの子?

「何?あんた、突然」
茶々を入れられて、美紀がその子を睨み付けた。
コギャルが入って、ちょっとキツそうな外見の美紀に睨まれても、相手は平然としている。
逆に、視線を返された美紀の方が、ちょっと引いたくらいだ。
「そーゆーのやると、浮遊霊とか、その辺の雑多な霊が集まってきちゃうから」
大まじめな顔をして、その女生徒は言った。
それを聞いた典子が、くすくすと笑い出した。
「え~。あなた、そんなこと信じてるのぉ?!こんなもの、単なる遊びじゃない。ア・ソ・ビ」
美紀も、体勢を立て直して、バカにするような笑い声を上げた。
私は・・・どうしていいか分からず、ぽかんとその状況を傍観していた。
「忠告はしたからね」
にこりともせずにそういい残して、女生徒は踵を返した。
妙に、足取りが軽い気がしたのは、気のせいだったのだろうか。
まるで、空を歩いてるような歩き方だったのは。
「何だったの?あの人」
典子が、眉をひそめた。
折角楽しくわいわいやってたのに、ぶちこわしじゃん。

今まで教室に残っていて、帰ろうとして近くを通りかかった同級生に、「さっきの子、知ってる?」
と声を掛けてみた。
相手、鈴木という男子生徒は、「さっきの子って?」と、小首を傾げた。
「さっき、ここの教室にずかずか入ってきて、私たちにイチャモン付けた、変な女子生徒だってば」
美紀が、嫌そうな顔をしながら説明した。
鈴木は、ますます妙な顔をした。
「はぁ?おいおい、教室に残ってるのは、俺とお前達だけだし、誰も入ってきてないぜ」