断末魔の絶叫と、肉に食い込む白木の杭の手応えが、私に悪鬼の最期を伝えた。
遠巻きに集まり、震えながら十字を切り続けていた者達の表情が、一気に喝采へと変わる。
黄昏時の墓地。そこに集う、村人たち。
掘り返された墓に横たわるのは、数ヶ月前に死んだはずの、そして蘇った若者の死体。
その肉体は、死体であったにもかかわらず生気に満ちていた。
苦悶のため大きく開かれた口腔には、吐き出された自分の…いや、これまで生者から吸った、生々しい血と、鋭い犬歯。
その胸には、私が打ち込んだ聖なる杭が墓標のように突き立っている。
禍々しい鉤爪が生えた指を、若者は震えながら宙に伸ばし…虚ろな瞳は何かを探し、口から赤黒い血を溢れさせつつ、誰かの名を呼んだ。
「ま、まだ生きてる!!」
村人達の間から脅えの叫びと悲鳴が上がる。
でも私は、横たわる瀕死の吸血鬼の前から動かなかった。
滅びる間際の一瞬だけ、魔から人へと戻った若者の言葉を確かに聞いた。
そして、その哀れな肉体は、古びた棺の中でざあっと白い塵へと変わっていった…。

墓地には不似合いなほどの歓喜の声が挙がる。
「吸血鬼は滅びた!」
「これで、夜が安心して眠れる!」
村長を始め、村の有力者達が安堵の表情を浮かべて喜び合っている。
数ヶ月前に悼まれつつ死んだ者が二度目の生を終え、その死が今や村人達の喜びの声で迎えられている。
いつ見ても、それは皮肉な光景。
その片隅で、数人の村人が浮かない顔をして佇んでいた。
私は、賞賛とともに近寄ってきた村長を置いて、そちらに足を向ける。
中の一人が、感謝とも、敵意とも取れる視線を私に向けた。
「…息子を眠らせて下さって、ありがとうございました……・」
今にも消え入りそうな声で、それでも、年老いた老婆が私に頭を下げた。
私は目礼でそれに応えると、その傍らにいる、きつい視線を私に向けたままの若い女に向き直った。
年の頃は、私よりも少し下くらいか。
先ほどの若者と同じくらい……。
左の薬指で輝く指輪が、若者とこの女の関係を物語っていた。

「彼は、最期に貴女の名前を呼びました」

私の言葉に、女の顔が歪んだ。
強気な視線は見る見るうちに涙を浮かべ、若者の名を叫びながら、その場にうずくまった。
「無理もないさね…。あの子は、この娘逢いたさに蘇ったんだから……・」
そう呟く老婆の皺だらけの頬にも、涙が伝っている。
不遇の死を甘受できなかった魂は時として、神に逆らいその身を堕とし、悪鬼として蘇る。
死体をむさぼり食らう屍鬼として。
生きている人間を襲い血を啜る、忌まわしき吸血鬼として。

そして、それを滅ぼすのが、私の、バンパイア・ハンターの生業。

 

 

 

 

闇の中に、二つの炎が燃えていた。
赤い赤い……
炎?
いいえ、あれは血の色。
誰の血?
わたし?
いいえ、あれは………

「よくやった……」
ぞっとするような冷たい声が、赤い光の方から響いた。
なに?
「その栄誉を、地獄の門番に告げるがいい」
裁きを下す、冷徹な声。
その声とともに、徐々に闇の中に灯っていた赤い光が私の方へと近寄ってきた。

いやああああああ!

私は悲鳴を上げて、そこから逃げだそうとする。
それなのに…うまく走れない。
ふと足下を見ると…そこには、無数の青白い手が私の足に絡み付いていた。
手の持ち主たちはみんな青白い顔をして、そして口から飛び出ているのは…鋭い乱杭歯。

よくも…二度も殺したな

お前こそ、我らの血を求める、貪欲なハンターのくせに…

自分の両手を見てみるがいいさ。血で真っ赤っかだよ……

亡霊達の呪詛と嘲笑が繰り返す。
その爪が、私の体をずたずたに引き裂こうと迫ってくる……

『クリス』

場違いなほど穏やかな声で名前を呼ばれ、私は振り向いた。
いつからそこにいたのだろう。
こんなに暗い闇の中でも、その人が誰なのか私はすぐに分かり、そして安堵した。
同時に、あんなに蠢いていた亡霊達は消えていた。
泣きながら、それでも嬉しくて、わたしはその人に手を伸ばす。
ずっと逢いたかった、その人に。
ずっと探し求めていた、その眼差しに…。

 

 

「………」
目を開けた私の視界に映ったのは、小汚い安宿の天井。
無意識に頬に伸ばした指先が、濡れている感触を伝えた。
軽く眼をこすりつつ、きしむベッドから身を起こした。
カーテンを開けると、窓から差し込む清々しい日光が彼女の全身を照らした。
眩しいほどの光は、私を安心させてくれる。
暗いのは嫌い。
それなのに、見る夢は闇に塗りつぶされた漆黒の世界ばかり。
まるで自分の人生を象徴しているように。

「…あいつを倒さない限り、私に光は、与えられないのね」

女だてらに、そして何の力もなかったクリスが、行く先々に血の匂いがつきまとう吸血鬼ハンターという凄惨な道を選ぶことになった理由はただ一つ。

過去、何人もの吸血鬼を塵に還した彼女が探し求めるのはただ一人。

各地を転々と一人で流れ歩く寂しさも、墓を漁って掘り返し、動いている心臓に杭を打ち込み、時には死体の首をも刎ねるおぞましさも、ずっと抱き続けてきた憎悪にはうち勝てない。
全身を魔物の血で朱に染めてでも、見つけだして見せる。

生まれて初めて出会った、そして今まで見た誰よりも美しい、あの吸血鬼を…!!